塾の必要性
相変わらず元気に塾に通ってくる子供達。見てるとこちらまで元気をもらえる気がします。
なぜ国語の専門塾が必要なのか、何となくおぼろげにわかってきましたね。この職場近くの塾も、塾は塾でも個別指導に力の入っている塾。総合的な塾もあるけど、わざわざこの塾を選んで通う子供たちなのですから、きちんと目的があっての塾なんでしょう。
塾というと私なんかは習字やそろばんをすぐに思い浮かべてしまいます。昔はそういう特殊な感じのものを教えるのが塾でしたよね。いわゆる学校の授業以外の習い事という感じのもの。わたしも習字を習っていたことがありました。塾と言っても普通の民家を改装した部屋での授業。大勢の仲間がわいわいと受けるという感じです。塾とはそういうものとのイメージが合った私ですが現代の塾は違いますね。
学校での科目をさらに専門的に教えてくれるんですから、たぶん私たちの年代では体得出来なかった事がたくさんなんでしょう。もちろん、費用もかかっているわけですが、それを払う以上の価値が国語塾にはあるのかもしれません。今の国語塾に通う子供たちの実力は相当なものなんでしょうね。そもそも点数をつけることが難しい教科だけに根本的な基礎力が無いと、たとえば文章問題などは解けないでしょうし、評価もされにくい。そういう国語力を塾で身につけるんですから、何か特別な技法でもあるのでしょうか。それは塾へ実際行ってみないとわからないことでしょうけど。
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そういえば私が中学生の頃の国語の先生は、とても背が低い男性教師。いつも目いっぱい背伸びをして黒板に字を書いていたのを思い出します。中学の国語の授業はあまり好きとは言えない内容でした。
中学になると「現代文」に加え「古典」の授業も入ってきて、ますます難しくなりそんなに得意ではない私にとてはますます敬遠する要素が増えたというイメージが強くなったのを覚えています。漢字もさらに「なんとか読めるけど、書けない」というものが増え、テストのたびに、どこから手をつけていいのか分からなくなる状態。
背の低い先生もどうもやる気がなかったのか、質問をしてもあいまいな返事しかしてくれず、時間の無駄という風に皆思っていました。そんなだから国語の成績も上がるわけもなく、気力も失せていくのも当たり前ですよね。もしも当時国語塾があったなら、親が無理やりにでも行かせていたかも。そうでもしなきゃ私の国語の点数を良くするのは無理に近いものが。それでも何とかついていけたのは、周りの友達の励ましがあってこそ。いい友達に恵まれて、今の私がいるという感じです。
国語塾などの専門的な知識までいかなくても、ある程度の基礎知識はやはり小学生、中学生時代に身につけなければ、その後はどんどん覚えるのも難しくなります。ある程度はどんな先生が担当になるのかも大きな問題。やはり、生徒の目線で接してくれる先生がいいですね。そんな先生がきっと国語塾にはおられるんでしょう。
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